このクラスが取った後、実は日本はあまり保守的な国じゃないんだ。
内容はたくさん性愛等ことがたくさんある。
例えば、谷崎の「鍵」と安部の「砂の女」等作品。
特に谷崎潤一郎の「鍵」、自分の奥さんが他の人とやることが欲しいのは、日本の保守的な文化ととても不自然だと思う。
たぶん社会で自分の欲望が満足できないから、あの欲望が自分の作品に入れて、表示するかな?確かに可能性がある。
ジェシカ・アレクサンドリア
2011年12月12日月曜日
萩原朔太郎ーこころ
こころ
こころをばなににたとへん
こころはあぢさゐの花
ももいろに咲く日はあれど
うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて。
こころはまた夕闇の園生のふきあげ
音なき音のあゆむひびきに
こころはひとつによりて悲しめども
かなしめどもあるかひなしや
ああこのこころをばなににたとへん。
こころは二人の旅びと
されど道づれのたえて物言ふことなければ
わがこころはいつもかくさびしきなり。
宮崎吾郎の「ゲド戦記」はウルスラ・レーグインの「The Earthsea Cycle」から触発しました。本が読んだから、映画はとても大好きだ。映画で「テルーの唄」と言う唄があって、歌詞はとても悲しくて、きれいだ。
そして、「挿入歌の歌詞が朔太郎の詩と酷似」の記事を読んで、萩原朔太郎のこころを読んで始めた。
こころー意味
こころをいったい何に例えよう
こころはあじさいの花
桃色に咲く日はあっても
薄紫の思い出ばかりは仕方なくて
心は誰も見ていない夕暮れの公園の噴水のように
思い出に寄り添うて悲しんでみても
悲しんだところでもう戻らない
あぁ、この心を何と例えようか
私の心はあなたと共に歩んでいたのだ
だけど共にいたあなたがもうここにはいなくて何もモノ
さえ言うてくれぬならば
私の心はとにもかくにも寂しいものなのです
ジェシカ・アレクサンドリア
2011年12月10日土曜日
携帯小説との出会う
携帯小説のことは本当に面白いと思います。携帯小説を見てから、直ぐ分かりました。日本人は色々な面白いことを作ってばかりです。
始めて携帯小説を聞いたのは数年前でした。あの時はそれが人気になっていました。ある日⎾恋空⏌というドラマをちょっと見て、そしてインタネットで調べました。びっくりしました。そいうものもあるんだと思いました。自分の携帯電話で小説を読むのは新奇でした。もちろん⎾恋空⏌を読みませんでした。あの時は全然日本語を知りませんでしたから。そしてこの数年間に携帯小説はよく読まれてなりました。日本文学の一部分になっています。
ヤンシ・ズー
日本は特殊
一杯現代文を読んだ後、「日本文学は何」と考えていました。日本は特殊だと思います。何か見たら、「これは絶対日本的!」という漢字は多いです。日本文学もその漢字を表します。
授業で村上春樹文学は日本ですかのことを話しました。ブログで私も前に言いました、西洋影響のせいで、彼の作家が「これは日本文学だ。。。」とは気づく安くない。でも、彼は日本人です。それも、彼の英語はあまり上手じゃないだと思います。村上は確かに日本が影響されました。文体は他の国の小説に比べて特殊です。物語の最後はいつも分かりやすくない。これは日本文学でよくあります。アメリカの物語より分かりにくいだと思います。
そして、今週にたくさん発表を聞きました。ライトノベル、私小説、と携帯小説が日本だけ、作れるだと思います.ージャクリン・アギー
2011年12月9日金曜日
はいく
私はプレゼンテーションについてさいごのブログとうこうを書くことにしました。
とくに、はいくのプレゼンテーションを興味がありました。ざんえんあがら、学生の名前を忘れちゃったん。はいくは十七おんを持っています。はいくのパターンは五おん、七おん、五おんです。日本語のはいくで、きごがもっています。きごははいくのきせつをしめしています。
アメリカの小学校で子供はないまれにはいくを習います。それで、はいくのこうぞうを習います。子供は自分のはいくを書きます。子供はただしくはいくのこうぞうをまなぶためにこれを行います。
はいくはとても面白いですね。
私の一番好きなはいくはえつじんのはいくです。
どうぞう:
ローレン・ディサバト
2011年12月5日月曜日
作家に成るためには。
高校の時から僕はエッセイや作文の書くことが下手でした。色々な事について話したがった僕でも、素敵な表現やメタファーなどが出来なかったし、毎日日記しか書かなかったから一度も真面目に何かについて書こうとしたことはありません。
多い数の読者に読まれる作家になるためにはどうしたらいいんだろうと何回も自分に聞きました。面白いことは母や学校の先生に聞くといつも同じ答えだったのです。
「本をたくさん読んで、毎日日記を書くといつか有名な作家になるよ」と言う答え。最初からその答えは信じられなかったんです。
今学期クラスで村上春樹さんについての勉強した時、僕は彼がどのように作品活動を始めたのかに驚きました。ある日、野球ゲームを見ていた彼は俄かに作家に成ろうと決めました。そこから小説を書き始めて、今は世界的な人物になって来ました。
皆さんはどう思いますか。世界に営業力がある作家に成るためにはどうしたらいいんでしょうか。
Ben Haeil Ryu
2011年12月3日土曜日
回想すれば…
私はこのクラスのことを回想すれば、たくさん習ったということに気がつきます。
まず、先の夏休みに「ミドルベリー日本語夏学校」に通いました。そこで8週間で日本語だけで授業を受けました。それはすごくいい練習で自分の意見と言いたいことをもっと上手に言うことをはじめ、将来にこのようなクラスを上手に受けるたには役に立ちました。このLJ350の授業は夏学校以外、私の始めての会話とかが全部日本語でするクラスだから入る前に本当に出来るかを疑いました。でも、時間がたつにつれて夏学校の時のように私の意見と言いたいことを伝えやすくなったようになりました。もう一度その自信を取り返しました。
それだけじゃなく、日本の文学についてたくさん習いました。私は他の同級生の場合を知りませんが私の場合にこのクラスを受ける前に日本語が出来るのに日本の文学について全然知りませんでした。ほとんどの日本の文学はたぶん桜や平和や自然についてだというステロタイプを持っていましたがその見方は早く変わりました。村上春樹をはじめ、日本の作家の書いたことによくびっくりされました。性的なことについての話と好色文学の数にもびっくりされました。そういうことはすごく西洋的なトピックと思っていましたが確かにそういうことじゃありません。もっと意外なことは現在に起こり始めたばかりじゃなくて、長い歴史あります。
もらったばかりの経験とこの授業のおかげでこれから日本の文学をもっと読みたいと思います。そしてこのクラスは文学について何も期待出来ないので、日本のステロタイプとかがあれば捨てる方がいいという教訓がわかります。
この授業を受けて本当によかったと思います。
ドンダレー・ガンブス
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