2011年12月13日火曜日

クラスの訳書

去年翻訳と通訳のクラスの中に、よく翻訳の問題についている話がありました。このために、クラスのアンソロを読む時にそれと気に留めましたたくさん面白いことを見つけました。みんなは村上春樹の小説を訳しました。本当に多種多様な小説があります。でも、英語に訳されたけど、毎小説の訳書はアメリカ的な小説じゃありません。たくさん英語の語句を使ったにしても、読み手は日本語から訳された小説を見えます(they can see it’s a translation?)。みんなの訳書が悪いではなくて、とてもすてきな訳書だと思いました。パーフェクト訳書を書けないと思います。でも、村上春樹の小説ですから、日本語でもその小説はあまり日本的とあまりアメリカ的な小説じゃありません。任意の言語でいつもカリフォルニアロールの作家だかもしれません。

エミリー・カマラタ

翻訳できない

翻訳はとても面白いけど、時々難しくなる。ある言葉は英語で翻訳しにくいから。
例えば、「初めまして」英語でなんですか?
Nice to meet you とか、How are youとか、Good to see youを翻訳することが多い。
でも「初め」の意味がないんだ。
Nice to meet you for the first timeはもっと正しいけど、ちょっと変になる。
クラスで「やはり」を翻訳試したけど、ちょっと100%正しいの言葉が見つけない。

ジェシカ・アレクサンドリア

2011年12月12日月曜日

日本文学の特徴の一つ


日本文つはその表現豊富さにあります。
は、じことでもいろいろなでそのじをえる日本語表現がとてもしいといます。
例えば、「あたたかい」を言葉英語えば、warmだけですが、
日本語には「あたたかい」のに、「ほかほか」「ぽかぽか」「ほくほく」などびごころあふれる表現がたくさんあるのです。
この表現を、その状況囲気わせてわせることでとても繊細感情しているのが日本文つだといます

アン ダソム

スパナー

「スパナー」を翻訳して、友達のトピックをシェアする後、村上春樹の短編小説はちょっと変を気づいた。
エミリと話して、彼女のトピック「夜のくまざる」はとても特異だと思う。なぜくまざると話すの?なぜこれを書いているの?ちょっと理解できない。
皆はどう思う?

ジェシカ・アレクサンドリア

一人称代名詞

日本語では人称代名詞特にい人称代名詞が多い。私、僕、俺、わし、あたし、うち、麻呂、我、余、などは歴史に残っているのだ。先学期、言語獲得についての論文を書いた。それは子供の一人称代名詞の選択について研究した。子供が三歳までに自分ということをあらわす代名詞を選択するそうだけどその前に色々な影響で色々な代名詞を試してみる。。現代の日本では女の人が大体「わたし」を選び男の人が「俺」を選ぶ。でもそれを言ったら状況によって話し手と聞き手によって代名詞を変わる人が普通だ。たとえば男の人が両親と話すときは僕を使い、友達と話すとき俺を使い、先生と話すとき私を使う人が珍しくないだろう。でも英語と違って「I」だけじゃなくて自分のことを示す言葉を選ぶなんて英語を話す人として意外だな。日本語のクラスにいるとき僕を使うように言われたんだが相応しいとはいえない。

リチャード・ヘイズ

カタカナ

フツウニ、クンドクヤガイライゴヤギセイゴアルノナラ、カタカナヲツカウデショウ。トキドキ、ムズカシイカンジトドウブツノナマエモカワリニカタカナヲツカイマス。タニザキジュンイチローノショウセツノ「カギ」ノナカ、オトコノニッキハダイタイカタカナデス。ガイライゴヤトクベツナコトバガハンスノバイハナイノニ、ホンライハヒラガナブンハカタカナノホウガチョクセンガイッパイアルシ、カドカドシイシ、オトコラシイイメージトイエルノダトデショウ。マタ、カタカナハヒラガナヨリ、モウチョットジカンガカカルノデ、ヨムソクドガヒククナルカモシレマセン。

レイチェル ペン

日本はあまり保守的な国じゃない

このクラスが取った後、実は日本はあまり保守的な国じゃないんだ。
内容はたくさん性愛等ことがたくさんある。
例えば、谷崎の「鍵」と安部の「砂の女」等作品。
特に谷崎潤一郎の「鍵」、自分の奥さんが他の人とやることが欲しいのは、日本の保守的な文化ととても不自然だと思う。

たぶん社会で自分の欲望が満足できないから、あの欲望が自分の作品に入れて、表示するかな?確かに可能性がある。

ジェシカ・アレクサンドリア