2011年11月7日月曜日

漢字と日本文学

漢字と日本文学

日本の作家は漢字の読み方でよく遊びます。例えば、川端康成の「写真」に“長年”じゃなくて“永年”が書いてあります。それから、大江健三郎の「個人的な体験」の主人公の名前は鳥ですけど、読み方はとりじゃなくて、バードです。もう一つの例は、「センセイ」に川上弘美作家が漢字を使わずに、センセイをカタカナで書きます。日本語にはひらがな、カタカナ、そして漢字がありますけど、英語には字体が一つしかありません。それで、日本の作家には漢字の読み方が詩的許容の一つのタイプになります。でも読み方と意味が違うと翻訳者がすごく困ります。二つのちょっと違う意味を一つの言葉に入れる事は基本的に自然な英語になれないと思います。

牧嶋ローレン

2 件のコメント:

  1. この記事は授業の話だと思い出した。私たちは、写真を読んだ時、英語の翻訳者はついか情報についかされた。でも、日本語訳で、私たちはこのあいまいさが芸術的だと思いました。 それは漢字の読んでいる別の方法を考えることは面白いです。私は物語に影響を与えるとよく思いません。


    ローレン・ディサバト

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  2. そうですね、谷崎潤一郎の「鍵」にも、ことは変なシンボルになった(書き方が分からない)。
    そして多和田葉子の「かける」もこういう風に。
    とても面白いですね

    ジェシカ・アレクサンドリア

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